君の知らない物語。アイドルネッサンスと私。

2018年2月24日をもってアイドルネッサンスは約4年間の活動に幕を閉じました。

横浜ベイホール公演がラストライブになったアイドルネッサンス。最高に楽しかったし、苦しかったし、悔しかったし、寂しかったし、でもやっぱり楽しかった。自分にとってアイドルネッサンスが一番好きなライブだった。そういう最後のライブでした。

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ずっと最後の感覚がなくて、なんかまだ続くような気がしてしまって、最後にこんないいライブできるんだから…と思ってしまった。最後っていうのもあるんだろうけどフロアの熱気もメンバーもみんなの想いが剥き出しになってた。新規の私からしたら、こういうアイドルネッサンスのライブ、もっともっと観たかったな…とも思った。 

私が最後の時間を迎えるまでの、自分にとってのアイドルネッサンス、自分なりのアイドルネッサンスを振り返りながら正直に書いてみようと思います。ほぼ、自分がどう今を歩んでるかに近い話ですが…。タイトル通り、あくまでこれは私個人とアイドルネッサンスの話でしかないです。こういうヲタクもいた、そういうブログだと思っていただければ。

一番最初にアイドルネッサンスの存在を知ったのは就活の時。当時はエンタメ関係や音楽業界に就職がしたくて、受けた企業の中心もそういう業界で、とにかく私はアーティストのプロモーションをやりたい一心でした。

ただ、背中を押した一番の経験はその大学時代に観たアイドルのライブでした。でっかい会場に広がる色とりどりのサイリウムの光。

あの景色を見た時、こういう景色をいつか、ファンとしてではなくプロモーション側として舞台袖から見れたら幸せだなと思ったのです。そして、将来は音楽とかエンタメとか、アイドルじゃなくてもいいから(本当はあわよくばアイドル…だったけど)そういう領域の中で仕事をしたいと強く思ったんですね。

  

話を就活時代に戻すと、音楽業界を見てると当然ソニーミュージックみたいな大手は目に入るわけです。しかも好きなバンドもみんなソニー系だし乃木坂もいるし…と安易に。エントリーシート書かない代わりにエントリームービーみたいなのがソニーはあって、寒い中、秋葉原駅前で「SME推し」と書いたTシャツ着てサイリウム振り回して熱弁するムービーを撮って応募したんです。当時はぶっ飛んだことすれば受かるんじゃないかという凄い寒い発想で。本当に恥ずかしい。。(撮影に協力してくれた同期には本当に感謝)

同時に企業研究というものをするわけですが、その時に初めてアイドルネッサンスを知るわけです。

面接に行ったら話のネタになると思ったんです。それから候補生を一人一人見ていって、この子はこんな子だとか、こうしたら伸びそうとか、自分なりにノートにまとめていました。当時のノートあるかなって部屋の中を探しましたが就活当時のものは極力捨ててしまったのでありませんでした。笑

ただ、「のあ」「こよい」「りこ」について書いてたこと、「のあ」は将来サブカル系、女受けしそうとか「りこ」は王道、センタータイプとか書いてたことは覚えてます。笑

あと、なぜか乃亜ちゃんのブログはわりと読んで記憶。とりあえず「りこ」と「のあ」は残るだろ〜と、なんとなく追って見てました。 

多分、正式メンバーが決まってからのことだと思いますが(そこら辺あまり覚えてない)、同じ事務所の芸人さんたち、アイドリングのさかっちこと酒井さんにメンバーが笑いとか演技の指導を受けてる動画が上がるので、それをひたすら見てました。だけど、当時は本当に企業研究の一環で見てたのでデビュー前の子供たちを見てるっていう感覚で「わー!理子ちゃんかわいい!」みたいな感情は当時は微塵もないわけです。今なら喜んで観てるんでしょうけど…笑

面接に備え、そんな企業研究(?)をしているうちに呆気なくソニーミュージックの選考からは落とされます。(それはそう)

それから「あぁ、あの動画を見続ける必要もないな…」と観るのをやめ、アイドルネッサンスからはしばらく離れます。

次にまた意識したのが恐らくアイドルネッサンスが17才をリリースした頃です。Base Ball Bearの17才をカバーしてデビューするなんて思ってなかったので、その驚きと、なんてキラキラしてるんだ…!という驚き。石野さん可愛い…!と思いつつも「やっぱり若すぎる…推せない…」「でもやること面白いなぁ…」そんな感じでした。同年代、もしくは自分よりも年上のアイドルを推してることが多かった自分には、まいなは小学生に見えたし、衝撃はあったもののグループとして「推す」という感覚にはなれなかったのです。

 

そして、私の就活は紆余曲折あり別の業界へと進みます。就活中に色々あって乃木ヲタに染まりつつもなんとか社会人になった私。その1年目の時にアイドルネッサンスが「FunnyBunny」をリリースします。これが2度目の衝撃かもしれません。今度はピロウズか…!という衝撃、原曲にはなかったストリングスが醸す空気感、澄み渡る石野の歌い出し、儚さ、エネルギー。そういうものを感じて、すごくいいカバーだなと思ったんです。みんな17才から大人になった姿にもびっくりでした。自分のツイートを掘り起こして知ったんですけど、その時の感想を「(17才同様)FunnyBunnyも眩しくて石野理子ちゃんは存在感増してた」って自分は書いてて「あ、結局この時から石野推しになることは決まってたんだな」と思いました笑 それはそうと結局、現場には行かないんですよね。当時は乃木坂が主現場だったかなぁ。

 

しかし、そんな私も現場に行く日がやってきます。そのきっかけは2016年のTIFでした。スマイルガーデンでバンドPASSPO☆とルネがコラボするというもの。あれを観てから完全に落ちました。これはちゃんとライブ行かなきゃ…!あの時はKANA-BOONのシルエットにすごいエモくなって泣きました。笑

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しかもPASSPO☆とのツーマンをやる発表がその場であり、絶対行く!と決めて10月の「対するネッサンス」に行きます。アイドルネッサンスが主催するライブとしては、ここが初めてのライブでした。(補足すると私は元々パッセンジャーで卒業した槙田紗子推し)

対するネッサンスで私が強く心惹かれたのがアジカンの「君の街まで」をやった時。前奏を聴いた瞬間に、気づいたらどんどん前に行って観てました。私の知ってる「君の街まで」だけど私の知らない「君の街まで」で、ただ食い入るように観てたことを覚えています。

初めて特典会に行ったのもこの時でした。メンバー8人が2グループに分かれてお見送り会。まず、握手がないという驚き。これまで沢山握手会に行ってきた自分には驚きの文化でした。純白無垢感がすごかった…この時は石野がいるグループに1回行ったのかな。みんな親切ないい子たち…という印象で石野に「バンドさん好きなんですか?」と聞かれたことや「ワンマンも行きますね」と話したら喜んでくれたこと、覚えてます。あの笑顔を見て私は絶対に行くって決めました。ヲタクですね。笑

 

そして、私が迎える初のワンマン。ZeppDiverCity Tokyoで行われた「迸るネッサンス」です。8人でのパフォーマンスとバンド編成、ライブは2構成になっており、色々圧倒されました。観ていた場所は大分後ろの席だったのですが、彼女たちの歌が後ろにいてもビシビシと伝わってきてかっこよくて、この時にスーパーカーのLuckyが聴けたのも嬉しかったし、バンド編成の一発目、オワリカラの踊るロールシャッハは電流が走るようなかっこよさ、Music Loversでのグルーヴ感と石野の歌、とにかく色々圧倒されました。アイドルネッサンスの凄さ、楽しさを知ったライブでした。

ただ、私はまたスカした態度を取るんですね…「これからも大きいライブは行こう」

いや、全部行けよって話なんですけど、その時の特典会がカレンダー2つ買って5000円で2ショットのレギュレーションで、これにも当時は結構ビビってたし遠くから見るくらいがちょうどいいって感じで…

 

迸るライブの時には私も社会人2年目。

社会人になって楽しいこともありましたが、色々な所でギャップを感じたり、今までになかったストレスや不満や色んなことがありました。そして、その翌年、2017年の1月とかそのくらいでしょうか。とにかく春に向けて仕事がとにかくしんどくなって行って、私は毎日が地獄でした。笑

そんな時にひたすら聴いてたのがアイドルネッサンスでした。いつも終電を品川駅で待って、ホームで缶ビールを飲んでアイドルネッサンスのFunnyBunnyを聴いて「明日も頑張るか…」と自分をなんとか保つ日々でした。この時が心の逃げ場だったというか。でも、「この時に私にはFunnyBunnyがあったから今がある」くらい、沢山支えられました。

そんな日々を送ってる時に、ルネヲタからチケット余ってるから来ない?と定期公演に誘われたのです。それは3月の新宿Renyですかね。即、行くことを決めました。感謝…!

確か、KANのレジコスターをカバーしてる彼女たちによる寸劇がとにかく長かった回です。笑

私はその長い寸劇すら愛おしかったし(長いのは否めないけどw)やっぱアイドルネッサンス楽しい…!これは毎回行かなきゃダメだ!そう思ってから土日の予定は、ほとんどアイドルネッサンスになりました。

 

フェス、リリイベ、ツアー、ワンマン、生誕。全部が全部行けたわけじゃないけど、自分にとって頑張るモチベーションだったし、楽しい音楽、ライブ、アイドルネッサンスが本当に好きでした。「8人あってのアイドルネッサンス」という感覚は自分にとっては初めてというか、それまでは大所帯のグループを見る事が多く推し中心だったので、それもすごく素敵な経験でした。ステージも全体を見ることが多くて、ダンスのフォーメーションとか本当ルネは楽しくて。推しは特別だったし、でも目の前に来てくれるメンバー、メンバー同士のアイコンタクト、石野が歌ってる時はあの子も一緒に口ずさんでるとか、そういうみんなを見ていた時間は楽しくて、貴重というか大事な時間でした。

 

ところで。 話の半分以上がアイドルネッサンスを好きになるまでの自分の半生みたいでしょ?長いでしょ?ね、長い。

逆を言えば、自分がアイドルネッサンスを語るには、あまりにも共有してきた時間って短いんですよ。解散の発表を機に改めて感じて、埋められない時間はこんなにあったわけです。出会った時は既に8人だし、私が知ってるかなぼんは動画の中のかなぼん。 (かなぼん=卒業めんばーの橋本佳奈)

 

アイドルネッサンスを好きになるタイミングって沢山あったはずなのに、アクセル踏まない自分がいました。本気で好きになったのは多分自分が苦しかった時に、いつもアイドルネッサンスの音楽があったからです。音楽だけで満足してたけど、足を運んだら満足できなくなった。人は優しくされると、その人のことを好きになりますが、そういうことなんですかね。アイドルネッサンスは人の心に寄り添ってくれる音楽でした。救われたって表現が私にとっては近しい。

解散という事実ですが、何を思うか、感じたか、それが正しいのか、間違いなのか、多分自分がどんな風に共有してきたかで違うと思います。同じこともあるし違うこともあるのに、すごく自分の言葉で話すのが怖いなと思いました。解散に対して色々聞きはするし、感じたこともあるけど、だからって自分が見解るのは違う気がするし、埋められない時間を私は語れない分、自分とアイドルネッサンスがどうやって出会い、どんな存在となったかを語ることで、いろんな人がアイドルネッサンス好きだったってことが伝わればそれが一番いいのかなって。

 

私は、石野理子の最後のブログに、すごく、すごく言葉の重みを突きつけられた。突き刺さったし、自分を恥じたし、きっと返せた言葉もそういうことじゃないだろって言葉でしかないかもしれない。自分を恥じたのは、解散発表後のブログ以降、特にブログもツイッターでの発信もなく、ラジオでも明確な石野自身としての生身の言葉というのはなく、だからこそ綺麗な言葉じゃなくていいから本音を聞きたいってやっぱどうしても思ってしまった。最後だから。最後だから本音、少しでいいから聞かせてほしいって思ってしまいました。だけど当日のライブ観た後に、このブログを読んだら、言葉ばかり求めてた自分が本当に恥ずかしくて、あのライブでのパフォーマンスが全ての答えでした。

私は全身全霊のパフォーマンスだったと思っています。パフォーマンスで全てを話してくれたようなものだと思います。でも、それでも最後に言葉を残してくれたのは嬉しくもあり、重みもありました。

以下はブログからの引用です。

 

私たちは二度と戻らない時間をアイドルネッサンスに捧げてきました

苦しいこともあったし、楽しいと感じることも沢山ありました 

皆で夢を追っていく途中で、『自分達の思い描いていた青春と違うな』とか、『私たちの青春は一体どこなんだろう?』と、人生と差し替えに全てを捧げたからこそ、またアイドルネッサンスのようなコンセプトだからこそ、みんなで悩み話すこともありました

けれど、最後に気づいたのは、青春はつくるものなんかじゃなくて、必死にもがいて頑張って苦しんでる時こそが、自然に青春に染まっていくんだなということや、現在のように何か新しい事に向かおうとしてることもすべてが青春なんだということです

やっぱり、青春って言葉は思春期の子供にはあまりにも抽象的過ぎて、儚くて、負担になっていたのかもしれませんね

終わってから気付きました

 ↓石野理子 ブログ

アイドルネッサンス 公式ブログ - ~アイドルネッサンスのすべて~ 石野 理子 - Powered by LINE

 

すごく心がぐしゃぐしゃとなったし、涙が溢れてきました。

理子ちゃん、今はその重荷は降りたでしょうか?せめて、「アイドルネッサンス」という青春が理子ちゃんにとって、アイドルネッサンスのみんなにとって、何かの代償だったとしても自分を構成する上でなくてはならないものだったと思ってくれたら、ファンとしては救いがあります。それ言っちゃうと救われてばかりだな!って思うね、ごめんなさい。

メンバーみんなが救われた、良かったって思うことがもっともっとあったら、一つ明確なゴールとその次の目標が見えてたら、少しは違ったんだろうか?とか。走っても、走ってもどこがゴールかわからない状態で走らされても体力も精神も堪えてきます。劇的に何かが変わることがないなら自分たちでゴールを作った、それが24日の意味だとしたら、好きだからこそ私もその事実を受け止めるしかないのかな。とかね。

色々、思いました。

 

私たちは救われてばかりなわけで。例えば自分が見てたライブのドキュメンタリーで舞台裏を見ると、私たちが楽しかったー!と笑顔になってる裏で、こんなことがあったんだ…と度々心が苦しくなることがあります。きっと、それは去年の夏もそうだったんだと思います。

  

私たちはみんながもがく中でもアイドルネッサンスのみんなから沢山の音楽の楽しさ、喜び、幸せ、本当にいっぱいもらいました。アイドルネッサンスでいてくれてありがとう、アイドルネッサンスの歌をありがとう。出会って良かったという思いです。自分の人生にあなたたちがいたことは幸せでしたし、本当に感謝しています。だから、みんなはもっともっと幸せになってください。そして、自分たちの軌跡を誇ってください。その軌跡の中で沢山の人がアイドルネッサンスに出会えました。100人いたら100通りの出会い方があります。だとしたら出会った人の分だけ、寄り添ってくれた音楽、空間、言葉、思いがあります。 一人一人にとってのアイドルネッサンスがちゃんと刻まれてる。そういうグループだったと思います。

 

2/24からの1週間は時々空を見上げてはみんな元気かなー?って思い出す日々で、アイドルネッサンスがいない世界が回ってるんですよね。変わってないのは自分だけみたいな感覚で。

 

私はアイドルネッサンスを塗り替えたくないので、このまま2018年2月24日までに観た、自分が観てきたアイドルネッサンスが全て。そのままにしようと思います。アイドルネッサンスの空間はアイドルネッサンスでしか埋められない。

 

とにかくみんなには元気で、自分の幸せを第一に進んでくれたらいいな。こよちゃんがいうように、空は繋がってるし、音楽はなくならないから、あの時のアイドルネッサンスの思い出のままに、みんなの音楽を聴いて自分も頑張ろうって思う今です。あ、街でばったり会ったら笑ってくれたらいいな。笑

 

私はアイドルネッサンスが、アイドルネッサンスの音楽が、仲間が、大好きです。

出会えてよかったです。みんなへの想いは一人一人のお手紙に込めました。一人一人に、感謝とこれからの幸せを願って。一人一人に少しでも気持ちが届いたら嬉しいな。 

 

ひとりひとりの、自分メダルを掴み取る人生でありますように。

アイドルネッサンスとアイドルネッサンスを愛する全ての人が幸せでありますように。

アイドルネッサンスの音楽が響き続ける世界でありますように。

 

ありがとう!

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